経験専門家ジャーナルonline春号 インタビュー記事
語り手:下平美智代(みち)
インタビュアー:本橋直人(もってぃ) 横山勇貴(よこ)
2026年1月24日収録
今日は経験専門家養成講座のプログラムを創った下平さんに、講座を修了し、現在はファシリテーターとして講座運営に参加している私たちからお話を聴きたいと思います。
- ー経験専門家養成講座を始めた当初に期待していたことは何でしょうか?
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まず少し歴史的な経緯からお話しします。
私が「経験専門家」という概念を初めて知ったのは、2017年2月のことでした。フィンランドのケロプダス病院で研修を受けた際、二人の経験専門家の方がご自身の体験について語ってくださったのです。その場でフィンランド語の通訳の方が「経験専門家」と訳され、それは私にとって初めて耳にする表現でした。当時は、それが役割の名称なのか、単なる呼び名なのかも分からず、いわゆる当事者やピアサポーターと同じなのだろうか、と漠然と捉えていました。
その場で詳しく質問することはありませんでしたが、二人の語りを聞く中で、強く心に残ったことがあります。二人とも異なる経験を持ちながら、精神疾患という困難な体験を経て、「自分も助けられてきたから、今度は誰かの役に立ちたい」「同じような経験をした人の力になれたら」という思いを語っていました。その言葉が非常に印象的で、深く心を打たれました。経験を語るためのトレーニングを受けているという点も興味深く、一人は当事者団体で研修を受けて活動を始めた方、もう一人はケロプダス病院で患者として治療を受ける中で声をかけられ、オープンダイアローグ的な経験専門家の研修を経て人前で語りをするようになった方でした。
この体験をきっかけに、社会貢献、他者への貢献のために自らの経験を語る経験専門家のための講座を創ってみようと考えるようになりました。当時勤務していた千葉県市川市のNPO法人でアイデアを出し、関心を持ってくださった方々とともに「経験専門家養成講座(語り聴く会)」という少人数の講座を始めました。その後、2018年10月に埼玉県所沢市のアウトリーチ支援チームに転職して、2019年夏頃から所沢市でも同様の講座ができないかチームや行政の方々と相談していくなかで、いくつかの試行的取り組みをしました。そして、2021年から現在の形に近い講座を開始しました。
当初、私が経験専門家に魅力を感じ、期待していたのは、「自分の経験を語ること」そのものだったと思います。人前で語るためのトレーニングを受け、自分の経験を言葉にする。その過程に大きな意味があると感じていました。また、語ることだけでなく、「聴くこと」も同じくらい重要だと考え、語ること、聴くことを集中的に経験できる場を意識してプログラムを構成しました。
- ―最初の講座から数年たった現在、その期待について、何か変わりましたか?
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経験専門家としての活動には、ピアサポートの要素も含まれますが、それは一方的に支援する関係ではなく、相互的な関係であることが大切だと考えています。ある時は支え、ある時は支えられる、そうした関係性を築くこと。そのためにも、安心・安全な場づくりや、トラウマへの配慮を重視してきました。こうした基本的な考え方は、今も大きくは変わっていません。ただ、講座を重ねる中で、より強く実感するようになったことがあります。それは、経験専門家として「役割を担えるようになること」以上に、一人ひとりがエンパワーされ、癒され、「自分自身の人生を自分でやっていこう」と思えるようになることの方が重要なのではないか、ということです。
講座の中では、意見をぶつけ合ったり、議論したりするわけではありません。語り聴く場を共有することで、不思議と親密さが育まれ、お互いへの敬意が生まれ、グループの凝集性が高まっていく。お互いに癒され、エンパワーされる。その相互作用の豊かさに、今もなお驚きと面白さを感じています。
- ー経験専門家養成講座を続ける中での、個人的な心境の変化はありましたか。
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大きな変化がありました。講座を続ける中で、私自身もまた癒され、エンパワーされてきたのだと思います。以前よりも自分の感覚に正直になり、「心地よい」「心地よくない」といった感情に意識的になりました。
また、「人は人、自分は自分」という感覚が、より自然に持てるようになりました。同じような経験をしても、同じ物事を見てもその受け取り方や感じ方は人それぞれ違う。共感し合えることもあれば、そうならないこともある。自分以外の誰かがどう感じたか、どう評価したかをあまり気にしなくなったように思います。
「人は人、自分は自分」と思う一方で、こうした語り聴く場への参加を重ねることで「愛」の感覚が深まったように思います。それは人に対してだけでなく、動物や植物など、さまざまな存在に対する敬意や感謝、大切に思う気持ちです。そんな「愛」を表現することへの怖れも、以前より小さくなったように思います。様々な対話の場に参加しているなかでこうなってきたとは思いますが、この講座に参加し続けていることが、私にとって大きな意味を持つ経験になっていることは間違いありません。
インタビューの後で~アフタートーク~

ありがとうございました。
後半のお話、僕的にはすごく深くて、率直に「いい話を聞けたな」と思いました。本橋さんはどうでしたか。

私は、ちょうど先日「アフターテベット」で語り手をやったばかりだったんです。一昨日ですね。そのときに、「感情を押し殺すのをやめた」という話をしていて。「あ、ムカつくな」とか、そういう気持ちを持つことに、前より寛容になった、みたいな話をしたんです。感じていることを、無理に握り潰さないで、まず感じてから処理する。そういうふうに変わってきた、という話をしていたんですが、下平さんのお話を聞いていて、「あ、自分も同じようなところに来ているのかもしれない」と感じました。
愛が深まる感じもあるけれど、それと同時に、ネガティブな感情も「持っていい」と許せるようになる、というか。

ほんと、そうですよね。私も同じだなと思って聞いていました。

私はもう、自分の感情を抑えて、我慢して、我慢して、それで多分、病気になったんだと思っていて。
でも今は、もう我慢しなくなりました。「ムカつく」と思ったら、思っていい、って思えるようになったんです。
だから、同じようなお話を聞けて、すごく共感しましたし、やっぱり経験専門家養成講座とか、語り聴く場の影響って、そういうところに表れてくるのかな、と思いながら聞いていました。

たぶん、「自分も大事にするし、相手も大事にする」っていう、そこなんだと思うんですよね。
相手だけ、他者だけを大事にするんじゃなくて、まず自分。
本橋さんがおっしゃっているのは、感情が湧いたこと自体を否定しない、あるものとして認める、受け入れる、そういうことなんだと思います。

そうですね。まずそこからですよね。

うん、そうそう。

「こういう感情を持っちゃいけない」と思うと、すごく窮屈で、苦しくなっちゃうんですよね。

そうなんです。本当に。

なんか……僕はまだ、そこまでの境地には行けてない気がします。
でも、アフターテベットで本橋さんの話を聞いて、「なるほどな」と思ったし、否定的な気持ちも受け入れる必要があるんだな、と思いました。
それに、下平さんの話を聞いていて、「人は人、自分は自分」っていう感覚が、いい意味で腑に落ちた気がします。
一見すると分断されているようにも見えるけれど、それがむしろ健全な距離感というか。
自己愛と他者愛が、どちらか一方じゃなくて、両輪としてある、そんな感じがしました。

ありがとうございます。

ありがとうございました。

ありがとうございました。
下平美智代/みち (E-TEBETファシリテーター)
Michiyo Shimodaira
若い頃に心理療法を受けていたことがあります。その頃から夢の記録をつけるようになりました。夢を記録することで、私の知らない「私」がいることに気づき、人間は見えているよりも深いのだと知りました。それが、私がいまのような取り組みをする原点にあるように思います。
横山勇貴/よこ
Yuuki Yokoyama
地域活動支援センターに通いながら、経験専門家として活動させていただいています。自己否定癖があり、常に不安でしょっちゅう落ち込んでますが、立ち直りは早い方です!
日進月歩の精神で、日々歩みを進めて成長していきたいと思っています。
