【経験専門家ジャーナル2026春号】 人と人がつながる場所  松本衣美(えみ)

松本衣美(えみ) (精神科医)

経験専門家ジャーナル 2026年春号 私から見た経験専門家養成講座

 これまで何回か、経験専門家養成講座に参加しました。
オンラインで開催されたもの、会場を借りて行われるもの…人や場所は変わっても、対話の場に身を置くことで感じる発見は、いつも私を驚かせます。

私は精神科医として、これまで多くの「専門知」を学んできました。病名、症状、治療法など、それはとても大切なことですが、臨床の現場に立つ中で、どこか限界も感じていました。わかっている知識を正しく伝えるだけでは、目の前にいる方に届かないのではないか、病気や診断という枠組みを遥かに超えた、もっと多様で複雑な、彩り豊かな世界を人は生きているのではないか。そんな葛藤が、いつも私の中にありました。

この講座で徹底されていたのは、「話すこと」と「聴くこと」を明確に分けるということです。自分の体験を深く掘り下げ、言葉を選び、差し出す。それを受ける側は、相手の体験を自分の心に照らし合わせながら、ただひたすらに聴く。そして、その対話の空間にふわりと沸き上がった言葉だけを、そっと伝え合うのです。

その場では、精神科医ではなく、一人の人間として自分の内側を見つめていきます。これまで抱えた悩みや痛み、それらを自分の声で語り、仲間に受容されるという経験を通じて、これまでの体験が形を変えて自分の中に納まったように感じました。
そして、相手の語りを聞く姿勢にも変化を生みます。目の前にいるのはメンタルヘルスの不調を抱える人ではなく、私もあなたも、同じように痛みを抱えたことがある存在、という感覚が生まれます。

自分自身の体験を深く知ること。相手の人生に真っ直ぐに触れること。この体験の重なりの中に、私は長年抱えてきた臨床での葛藤に対する答えをもらえたような気がしています。

最近はAIに悩みを相談する人がいます。私もしますし、とても便利だと感じています。
しかし、場をともにするということ、自分の言葉で場が変わり、伝えた相手の中に何かが起こること、そこで紡がれた言葉で、また場や関係が変化するという体験は、人が人とともにあってこそだと思います。
経験専門家の体験も私の体験も、一人ひとり違います。そして、その違いこそが、何物にも代えがたい価値を持っていると感じます。ある人の語る痛みが、別の誰かの心の隙間にピタリとはまる。それはまるで複雑な形をした「鍵」のようだと思います。その「鍵」が気づきのきっかけとなり、やがてその人自身を変え、社会の空気さえも変えていく力になる、と思っています。

松本衣美(えみ)/えみさん  (精神科医)

Emi Matsumoto

所属 : 祐天寺松本クリニック, 一般社団法人COMHCa
アウトリーチに関心を持ち、2011年~千葉県市川市でACT(包括型地域生活支援プログラム)に従事。現在は都内クリニックに勤務するほか、産業医、行政での精神保健相談を行っている。一般社団法人COMHCaでは家族相談会を担当。